”一つの魂は二つとなり、愛し愛され生きて行く。 　二つの魂は一つとなり、手と取り合い生き行く。 　やがて世界はセレンシアと名付けられ、 　それを祝福するように人が誕生し、二人は更に慈しむ――” Yulca - 01 - 風と土と火と水が出来た時、 何処かに小さな芽がひっそりと生えていた。 それは長い年月を掛けて大樹へと育ち、 今はもう世界に大きな根を地に添えてそびえていた。 大きく広げたその枝は何処までも緑の葉を携えて、 風に揺られて世界を見ている。 その大樹の下にユルカとシエルエンテは居た。 この先の丘の向こうに小さな村が出来ていて、 その様子を静かに窺っていた。 村は簡素な出来で、住む家も簡単な物。 それでも人々は笑い穏やかに日々を過ごしている。 そんな彼等にユルカとシエルエンテも優しく見守っていた。 「彼等の魂はとても綺麗で美しい」 「いつまでも守ってやりたいものだな」 ユルカは微笑んで、シエルエンテも微笑んだ。 だがその願いもすぐに裏切られた。 人がその数を増やしていくのは瞬く間で、 一つの村は二つになり、三つになり、数多になり、 やがて武器を持って領土を奪い合いを初めてしまった。 美しかった空の青も、抱いてくれていた風の匂いも、 支えてくれていた大地の温かさも、全て簡単に崩れて逝く。 その光景を見るのは心が抉られるような感覚で、 涙を流す暇もなく魂は次々と消えて行った。 争いの火は消えるどころか更に勢いを増し、 知恵を付けた人々は更に残酷な方法で欲望を満たして行く。 世界は血で染まった。 今しがた目の前で息を引き取った少女の前で、 ユルカはシエルエンテに向き直り、初めて声を荒げた。 「絶望の声が後を絶たない！もはや私達が彼等を支配するべきだ！」 「力を持った存在が支配すればどうなるか、見て来た筈だ」 「私達なら正しい方向に導ける！」 「ユルカ、俺達は互いに支えないと生きていけない存在だ。 　そんな存在が多くの人を導ける訳がない」 ユルカの傍を過ぎ行き、 シエルエンテは血で染まった少女の手を胸の辺りで組ませた。 まだ年端もいかない少女である。 シエルエンテは目を閉じ、静かに祈った。 「このままだと世界は朽ちるぞ、シエルエンテ」 「どんなに朽ちてもそれが世界の姿だ」 「！！！」 その言葉にユルカの中で何かが崩れ、何かが生まれた。 共に生まれて生きて来たこの世界。 言わばこの世界は兄弟であり、友でもある。 決して穢してはいけない大切な存在。 全てを壊しても世界その物だけは守らなければいけないと、 それは本能に近かった。 それなのにもう一人の自分は否定的な事を言う。 同じ自分なのに。 なぜ？ なぜそんな事を言う？ 一瞬の間に自分で自分を否定し、自分で自分に疑問を持つ。 いくらユルカが答えを探しても答えが出ない。 そして短時間で辿り着いたのが―― 「そんな絶望の世界、私は認めない！」 「どんな絶望でも人も世界も生きて行ける」 「人なんてどうでもいい！もういい、私は私一人で世界を守る！」 ――己の拒否。 そう辿り着いてしまったら、もう止める事は出来なかった。 群れ合う人々に向かって右手を振り上げ、 「全てを最初からやり直す」 「やめろっ！！」 シエルエンテの声を遮るように大きく横に振り切る。 風が止み、人の動きが止まった。 逃げる人々も、 まさに剣を振りかざして命を断とうとしている人々も、 恐怖に脅え震える人々も、 まるで世界が時を止めてしまったかのように。 そんな強制的な静寂の中でユルカは表情を変える事無く囁いた。 「さぁ人間共よ、死を持って罪を償え」 Yulca - 01 - 終わり